相続対策は「節税」から始めない|5つの方針を比べてから決める

相続対策というと、「どうすれば税金が減るか」から考え始める方が多いです。けれども、方法を先に決めてしまうと、あとになって「納税のお金が足りない」「分けられない」「暮らしの収入が減った」という問題が出ることがあります。
先日、複数の土地とまとまった金融資産をお持ちのご家族から、相続と事業承継の事前対策のご相談を受けました。この記事では、そのときの進め方をご紹介します。相続の準備を考え始めた方の参考になれば幸いです。
守秘義務の観点から、お客様が特定されないよう内容を一部加工しています。税金の制度は、2026年6月30日時点の内容です。
ご相談の内容
ご要望は、はっきりしていました。
「いきなり節税や土地の活用に絞り込むのではなく、まずは取り得る方向性を広く知りたい」
節税の方法は、目的ではなく手段です。先に全体を見てから選びたい、というお考えでした。
最初にしたこと
1. ご家族のお話を聞く
最初に、5時間かけてお話を伺いました。ご家族の構成や財産の状況に加えて、これからどう暮らしていきたいか、財産を誰にどう引き継ぎたいか、というお気持ちまで伺います。数字に表れない部分が、あとで方針を選ぶときの決め手になるからです。
2. 土地の現況を確かめる
土地は、1か所ごとに登記事項証明書と公図を取り、名義、面積、形、道路との関係を確かめました。固定資産税の通知書だけでは、分からないことがあるためです。
3. 不動産の専門家と連携する
相続税を計算するときの評価額と、実際に売れる価格や貸せる賃料は、別のものです。不動産の専門家と連携して、近くの売買の実例と、活用の可能性を調べました。
比べた5つの方針
そのうえで、5つの方針ごとに、良い点と注意点を整理した報告書をお渡ししました。
方針1. 何もしない場合の税額を出す
出発点は、いまのまま相続が起きた場合の計算です。相続税には、3,000万円に、法定相続人1人につき600万円を足した金額の基礎控除があります。財産がこれを超えると、相続税がかかります。
相続税がいくらになるのか、手元の預金で払えるのか。ここが分からないと、対策が必要かどうかも、どこまで必要かも決められません。
方針2. 分け方を考える:一次相続と二次相続を通して見る
配偶者が相続した財産には、1億6,000万円か、法定相続分のどちらか多い金額まで、相続税がかからない特例があります。配偶者が多く相続すれば、そのときの税金は減ります。
ただし、その配偶者が亡くなったとき(二次相続)には、相続人が1人減り、この特例も使えません。税金がかえって重くなることがあります。分け方は、2回の相続の合計で比べます。
方針3. 生前に渡す:贈与を使う
時間をかけて、財産を次の世代へ移していく方法です。贈与には2つの制度があります。
暦年課税:年110万円までは贈与税がかかりません。ただし、亡くなる前の一定の期間にした贈与は、相続財産に足し戻して計算します。この期間が、2024年1月以後の贈与から、3年から7年へ段階的に延びています。
相続時精算課税:年110万円までの贈与は、相続財産に足し戻されません。ただし、一度選ぶと暦年課税には戻れません。
どちらが合うかは、ご年齢、渡す相手、財産の種類によって変わります。
方針4. 土地を活用する
土地に賃貸用の建物を建てると、土地と建物の評価額が下がり、賃料の収入も得られます。一方で、借入の返済、空室、修繕の負担がともないます。相続税が減っても、手元に残るお金が減ってしまっては意味がありません。
評価の方法も、見直される予定です。令和8年度の税制改正大綱では、相続の前5年以内に買ったり建てたりした貸付用の不動産について、2027年1月以後の相続から、実際の取引価格に近い金額で評価する方針が示されています。節税だけを目的にした活用は、効果が小さくなります。
方針5. 資産を組み換える:収益力を保つ
収益を生んでいない土地や、分けにくい土地を売って、収益のある不動産や金融資産に替える方法です。売るときには、利益に所得税と住民税がかかります。
そのうえで、分けやすくなるか、納税のお金を用意できるか、毎年の収入が保てるかを確かめます。
比べるときの4つのものさし
5つの方針は、次の4つで比べました。
税金:一次相続と二次相続の合計でいくらになるか
納税資金:相続税を、期限(亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内)までに現金で払えるか
分けやすさ:ご家族の間で、無理なく分けられるか
暮らし:これからの収入と生活が保てるか
税金が最も少ない案が、ご家族にとって最もよい案とは限りません。
事業を営んでいる場合
会社の株式や、事業に使っている土地が財産に含まれるときは、相続と事業承継を分けて考えることができません。後継者に株式を集めるほど、ほかのご家族との分け方が難しくなるからです。
会社の将来と、ご家族の分け方を、同じ表の上で検討します。事業承継の進め方は、事業承継のページでご案内しています。
ご説明のあとで
報告書のご説明を終えると、「課題とやるべきことが一気に明確になった」と言っていただきました。
方針を1つに決めるのは、これからです。それでも、比べる材料がそろえば、ご家族で話し合うことができます。
まとめ
節税の方法から始めず、まず「何もしない場合」の税額と納税資金を確かめます。
一次相続と二次相続を通して、複数の方針を比べます。
税金だけでなく、納税資金、分けやすさ、これからの暮らしで選びます。
当事務所では、相続税の申告だけでなく、生前の対策や二次相続まで含めた相続のご相談と、事業承継のご相談をお受けしています。「うちの場合はどうなるのだろう」と感じた方は、当事務所の無料相談をご利用ください。
この記事は、制度の一般的な説明です。個別の取扱いは、財産の内容やご家族の状況によって変わります。
この記事は、2026年6月30日に Facebook へ投稿した内容を、ブログ用に書き直したものです。
この記事を書いた人
松本 裕之(税理士)
松本裕之税理士事務所(広島市中区)代表。中国税理士会所属、税理士登録番号 第104810号。2006年に税理士登録、2013年に開業。税務顧問のほか、月次決算と経営計画、融資支援、国際税務、事業承継を扱っています。

